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2004年5月10日 (月)

アレクセイ・ヤグディンのロングインタビューから

EUROPE ON ICEというサイトに掲載されたこの記事は、ヤグディンファンの間では、もう旧聞に属する話かもしれませんが、ものすごーく長くて内容が盛りだくさんなことと、アンドレイ(GRIAZEV)とブライアン(JOUBERT)のコーチとしてのアレクセイの話がいろいろあることから、cocoにとってはたいへんおいしいものでした。
とはいえ、この分量でしかも英語なので、独力では、なーんとなくこんな感じ?といったレベルでしか内容が分かりません。
たいへんありがたいことに、この記事を紹介してくださったYukiさんが、さらに訳を載せてくださっているBBSがあったので、内容が理解できました。ありがとうございます!と、はるか彼方から感謝の言葉を述べさせていただきますm(__)m
(YukiさんにはcocoのHP別館のアンドレイの写真もお借りしています。かさねがさね感謝です!)

さて、アンドレイは世界ジュニアのときは、タラソワコーチもアレクセイ(コーチ?だね、やっぱり)も、ウソワさんさえもいない状態で試合に臨むこととなった。ボドレゾーワさんがキスクラにいたのは、タラソワコーチに頼まれてのことだったらしい。
実のところ、優勝をねらう世界ジュニア選手権という大舞台に、コーチが誰もついて来ないというのは、まだジュニア選手であるだけに、アンドレイかわいそうだな、大丈夫かな?とcocoは心配しておりました。
それについて、アレクセイは、「それはアンドレイにはとても悪かったけれど、そういうことは起こる。自分も世界ジュニアで勝った時、コーチはそこに一日くらいしかいなかった。」と言っています。
たしかに、アレクセイは山あり谷ありの中でいつも最大限の力を出してきたわけだから、ほんとに説得力がある。
でも、アンドレイのことは、とてもよくやった、とちゃんと褒めている。
そういえば、アレクセイコーチがついて行って、選手以上に注目されていたジュニアグランプリファイナルは、アンドレイは惜しくも銀メダルでした。

アンドレイがなぜチーム・タラソワに加わったか、については今までもいろいろ言われていたし、前にアンドレイ自身がインタビューで語っていたこともあったけれど、やはり、ミーシンコーチに関心を払ってもらえなくなったアンドレイが、まったくスケートをやめてしまおうとまで思いつめていた時に、彼のお母さんがアレクセイに助けてほしいと電話し、それを受けてアレクセイがタラソワコーチに相談して、実現したことだった。
記憶では、前回世界ジュニアに出場した時の直後が、この時期だったと思う。2002年のはず。思えば、このことがなければ、今のアンドレイは存在しないわけで、アンドレイがアレクセイ同様にミーシンコーチ→タラソワコーチという道筋をたどることについても、いろいろ言う人がいたけれど、その当時から応援していた身としては、気がもめる一方、きっとうまくいくはず、という祈りにも似た思いがありました。
本当に、たった一年前ですら、今のアンドレイの姿は思い浮かばなかったしね。
「ジュニアチャンピオンになって、ヨーロッパ選手権にも世界選手権にも出るよ」なんて、一年はおろか、半年前でも本気で聞いてもらえなかっただろうね、きっと。

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