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2006年12月11日 (月)

母親のこと

いろいろな方にご心配をいただいていたので、少しこちらでご報告しておきます。

もともと「拡張型心筋症」という難病を抱えていましたが、腰の炎症で高熱を出したときに脳梗塞を起こし、一時は寝たきりになってしまうのか、と覚悟させられたものの、4か月のリハビリと本人の頑張りで歩けるように回復。

4年前には、介護疲れ?の父親が長期入院する事態になったものの、母本人はふだんデイケアに行っていたところでショートステイ(実際はショートではなくなったけど)させてもらえるほどの様子でした。

それが、昨年秋、胃腸の調子を崩し、普通に食事を食べることができないので家では介護が難しいため入院。しかし、たいした症状でもないから、と一定の期間が過ぎると帰される。しかし、認知症の症状が徐々に進み、なかなか食事も食べてくれない人に一日中付き合うことは、病院通いの父の身では無理。

運良く、暮れ近くによいグループホームに入所させてもらうことができ、しばらく、みんな落ち着いて暮らしていました。

私は、この春から今まで経験のない大きな仕事の担当者に加えられていて、その仕事でもっとも忙しくしていたさなか、「母の具合が悪くなって病院の集中治療室に運ばれた」との連絡が。

あわてて駆けつけた私と父に、病院の先生は、もともと難病である心臓が相当弱っていること、水分が足りないので(嚥下する力が弱って誤飲をするので、あまり水分を取れていないらしい)いろいろ問題が起こっており、中心静脈からの輸液が必要、そしてもし、延命治療が必要となったときはどうするか、などいろいろ告げられました。

私自身は、数年前にいろいろな覚悟ができているので、先生のおっしゃることはいちいち納得できるのですが、父にはなかなかすぐには呑み込めないことだったようで、それもわかります。

幸いにも先生の処置が迅速かつ的確だったので、数日で一般病棟に移れたのですが、認知症は思いのほか進行していました。

さらに、誤飲の問題があるので、栄養をお腹にあけた穴、胃ろうから供給する、ということになり、その処置もしました。

ところで、胃ろうを開けてしまうと、ここからの栄養の補給作業は医療行為とみなされるため、医師や看護師のいない施設では介護できないのです。

絶対にまかりならぬ、という文書がお上から回っているわけです。

これで、母は元のグループホームには二度と戻れなくなりました。

暖かく、よいスタッフに囲まれたいい環境だっただけに残念でした。

それで、今後の長期療養を続ける病院を探すことになり、隣市ですが、今回もまた運良く受け入れ先がみつかりました。

今回は難病(特定疾患)患者であったことも、有利に働いたようです。

先日無事転院を済ませました。転院数日前にも集中治療室で治療しなければならない事態に陥り、夜九時半にかかってきた電話で駆けつけたりもしましたが、いつも処置が早いので事なきを得ます。

転院先で採血をしようとする看護師さんたちを散々手こずらせた母ですが、少しでも楽な状態で過ごせるように、という父の思い、届いていればよいのですが。

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