実を言うと、cocoの観戦歴で一番年季が入っているのは野球である。
小学生のうちから自己流のスコアをつけていたし、一時は、高校野球の強い学校に入りたいと思っていたこともある。
中学生になって放送委員になり、真っ先に回ってきた仕事は、中体連野球の場内アナウンスで、密かにうれしかったりした。
結局、自分の行った高校は、リアル工房の時には地区予選止まりで、中島球場(古っ!)までしか見に行った記憶がない。(ずーっと後になって甲子園へ行ったときは、寄付だ何だと大騒ぎだったけど)
プロ野球も、昔は昔でご贔屓チームがあって、毎夏必ず札幌での試合を見に行ったものだったけれど、その話はまた別の機会に。
自分の高校生時代には残念ながら縁のなかった「高校野球」。それが、縁あって去年から熱く燃えて応援している。
去年もブログ記事にしようと思っていたが、思い入れが強すぎてなかなか文章にならなかった。
去年は知人の息子さんたちが、何十年ぶりとか、学校史上初めてとかいう快進撃で、何度も応援に足を運び、関係者の皆さんと一緒になって熱くなった。
ご家族ならではのご苦労や、いろいろなお話を聞くことができ、こんな身近な気持ちで応援できるのは初めてだった。
円山球場での試合も天下の強豪、有名校との対戦で、野球好きにとって夢のようなことばかりだった。
でも、やはり甲子園への壁は厚く、彼らの夏が終わったとき、自分の夏も終わったように感じていた。
去年の秋、新チームはやや力不足に感じ、今年の春に見たときも、自分としては、何となく不安が残っていた。
だが、若い力は絶え間なく成長し続ける。去年同様、円山に進出する力を、今年のチームもちゃんと持っていた。
今年の選手たちにも、私は周辺からの情報を持っていたので、一方的に親近感をもって、やはりまた熱く応援していた。
結果を言えば、惜しくも彼らの夏は終わりを告げた。贔屓目かも知れないが、ツキの違いが明暗を分けた、私はそう思っている。
だから、なおのこと、去年までも、そして今年も残念なこと。
円山まで進出しているのに、学校の応援がないこと。
何度も円山に、そして甲子園までも進んでいるような強豪校でも、応援団や吹奏楽が来ている。
大きな球場、大きな大会での応援の有無は、試合の盛り上がり、士気に直接関係する。
去年、準決勝や決勝まで進むようになって、やっと全校応援が実現した。それも、生徒が署名を集めて嘆願してようやく実現したこと。
選手のお母さんから聞いていた。
「自分の学校の応援がないので、相手の学校の応援を、吹奏楽を、自分たちへの応援だと思ってがんばっている。」ということを。
だから、全校応援が実現したとき、本当に喜んでいた。応援される選手たちももちろんだけど、応援する側の生徒たちにも、感動的な経験だったようだ。
だが、そこまで勝ち進むのが並大抵ではない。今年も決勝まで進めば、吹奏楽も出る予定だったらしいが、南北海道大会なんだから、一回戦からなんとかできないものだろうか。
相手には応援があり、自分たちには、ない。
応援を出せる学校は、いったいどのようなシステムになっているのだろう。いったい何が違うのだろう。
たしかに、この時期、吹奏楽部には自分たちのコンクールが控えている。
野球部が試合をがんばっている間、吹奏楽部はコンクールの練習をがんばるのが本分、と言われるらしい。
そうは言っても。
割り切れないのは私だけだろうか。
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